
「火と油/水と油」
中村奈津希
2025.7.26(Sat) - 8.17(Sun) 月、火休み
13:00-19:00
会場:東京都中央区日本橋久松町4-12コスギビル4F 長亭GALLERY
info@changting-gallery.com
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展覧会に寄せて
中村奈津希が描く、一見すると暴力的なまでに絵具が盛られた行為のように見える絵画は、削り取られた線や繰り返される筆致、混ぜ合わされたモルタルやコンクリートのようなメディウムのマチエールによって構成される。それらはウィレム・デ・クーニングをはじめとする初期抽象表現主義の憧憬的なアプローチには思えず、例えるなら、自然界に存在する液体から個体までの物質を絵具という糊で結びつかせているように感じられる。
ステートメントで彼女は、「白いキャンバスはただの空白ではなく、人が自然に手を加え、生きる場所へと変容させる行為そのものだ。」と言う。しかしここで言う人とは、人間が自然に対する社会の営みである。それはあらゆる物質が混在する絵画空間において、人工的なものと自然が共存しているかのように結び付けられている。しかし、その絵画を鑑賞している我々には本来自由であるはずの線や絵画空間が、グロテスクな檻のようにしか見えない——それは彼女が描く時の行為における、もがいたように引っ掻いた痕跡が、私たちを四角平面状から外部に行くことを拒み、閉じ込めているからだ。
「絵を描く行為は、自身の経験の中で社会的な軋轢や不和を自己投影した時、許容や精神理解のために格闘する。その中では、絵画の成立のための打算的なプロセスは存在しない。」と彼女は言う。これらのことからタイトルにある「水と油」が物質ごとの差異と混在性を示すとするならば、「火と油」は彼女の言うように精神の葛藤の格闘そのものであろう。そうした符合はあるにせよ、彼女は描く行為の中で、もどかしく繰り返されうる身体を、螺旋状のような時間の中で許容している。
ふと、その構造はセカイ系作品の中で「涼宮ハルヒの憂鬱」や「ひぐらしのなく頃に」における堂々巡りの構図とよく似ているかもしれない。それらの作品群の特徴は、社会的な関わりとは乖離した主人公たちの行為や危機感がそのまま「世界の危機」にシンクロするものだ。そうした絵画平面に向ける彼女の意識を最小単位とするならば、完成される作品は一個人のどうしようもない現実世界のテーゼである。作家自身がその危機を脱出しようと、矛盾しながらも連続される行為によって外に出たいともがきながら、行きたくない未来を拒む。我々に思索と内省を示しながら。
絵画の肌理は我々を巻き込んで、終わらない夏のように繰り返していく。しかしその時間は我々に内省を促すと同時に、閉じ込められた檻を破壊する期待を孕む。
その未来は、丁寧にゆっくりと私たちを待っている。
松田ハル
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中村奈津希
Natsuki Nakamura
1999年 熊本県生まれ
2022年 東京藝術大学絵画科油画専攻卒業
個展
2023年「セピアなストローク」Art Gallery Mejiroyama 神奈川
2024年「煙が南になびく」七面坂途中ギャラリー 東京
グループ展
2025年「silhouette」上野の森美術館ギャラリー 東京
2025年「CHANGTING GALLERY PRIZE 2025」長亭ギャラリー 東京
受賞
2024年 長亭GALLERY展2024 グランプリ
絵があることで、そこにはない場所や時間が変質し、私たちが捉えている物事の見え方が変わる瞬間があります。それは、重力であったり、見えない力が私たちの意識に入り込んでくるようなものです。そのようなものが存在することによって、ある空間が変容していくような絵を私は描きたいです。
私の地元には多くの自然があります。祖父の家に行くまでに見える積まれた石垣や山、生い茂る草木から感じる不思議なエネルギーは、白いキャンバスから発せられる感覚と似ていました。それは、例えば山は、言葉の意味で考えても非常に広いものだと思います。なぜなら、山にはたくさんの事象があり、細かな植物や虫たちの声、土、石などは、その一つをとってもたくさんの名前や意味があるからです。
ただのキャンバスも、思い浮かべる白いキャンバスよりももっと多くの事象があるように私は感じます。それは、人間が自然に手を加えたり、自分たちの生まれた場所から生きる場所へと変容させるような行為だと思います。白いキャンバスと私という関係性は、一つの時間と空間を共存させるための行為であり、その結果、私や他者に対しての意識にまで影響するものが現れます。
そういった行為を残すために、何度も生まれる現象やイメージを、作ったり壊したりするやりとりを通して、忘れたり思い出すことを丁寧に拾い上げ、掴んだまま離さないようにしたいのです。そうやって作られるものが鑑賞者との引力を強め、その世界や意識を変容させられるような絵を描きたいです。





